私なりのオペラ鑑賞雑記

 

1、歌劇「トゥーランドット」、トゥーランドット姫の魅力

年老いてから授かった中国皇帝の一人娘トゥーランドット姫は、産まれながらに女帝の風格を持つ玉のような可愛い御子です。皇帝は嬉しくて溺愛しました。長ずるしたがい、この世のものとは思えない、たぐいまれな美貌と神の頭脳を持つ美少女に成長し、皇帝は自慢です。国民も姫君を敬愛し、誇りに思っています。皇帝は聡明で類いまれな姫君が16歳になった時(私の勝手な想像です)、中国の統治を任せました。

国民から敬愛されていた清純で崇高なリン姫の統治の時代に、中国は、外敵に攻め滅ばされ、リン姫は犯され、非業の死を遂げたのです。先祖のリン姫の非業な死は、清純な乙女トゥーランドット姫にはどうしても許す事が出来ないのです。

次第に、自分は先祖のリン姫の生まれ変わりと思うようになり、外敵への復讐を誓ったトゥーランドット姫からは、笑いや喜びや慈悲の心が無くなります。(このような感情になるのは14、5歳の清純な乙女だからだと思うです)

頭脳明晰なトゥーランドット姫は、リン姫の復讐心と、外敵から中国を守る統治者の使命感から、「命を懸けた3つの謎への挑戦」、と言う決闘による戦争を思いつきました。姫が負ければ誰であろうとその者と一緒になるという従属と奴隷を覚悟の挑戦です。

まさに国の命運をかけた決闘なのです。(頭脳明晰な乙女の無謀な思いつきからも、姫は16歳で王位に就いたと思うのです。マダム・バタフライは15歳でピンカートンに嫁ぎ、16歳でピンカートンの子をもうけ、18歳で自害します。プッチーニは多分トゥーランドットの年齢もマダム・バタフライと同じ年齢に想定したかも知れません。)

隣国の王子達は、氷のように冷たい心の絶世の美女を、慈愛と愛の歓喜を知る姫君に戻したいという男の純情で「姫の出す3つの謎」に挑戦しますが、ことごとく打ち破られ処刑されてしまいます。

国民は、敬愛する姫君が自己犠牲の挑発で王子達を殺すことを、憂い悲しみ、慈愛に満ち愛の喜びを知る人に早く戻って欲しいと願っています。

処刑された王子達は、死者になってもなお姫を慕う、トゥーランドット姫の魅力とはどんなものでしょう。仮にも一国の王子達です、魔性の魅力の虜になるほど愚かとは思えません。

清純で明晰でこの世のものと思われないたぐいまれな絶世の美女トゥーランドット姫は、「氷のような心になってしまった清純な天の羽衣の天女」なのです。男は「命を懸けても愛の歓喜を呼び戻して幸せにしてやりたい」という男の命懸けの純情に駆られ、閉ざされた門をこじ開けるように、渾身の力を込めて銅鑼を叩き、姫が出す「3つの謎」に挑戦するのです。

カラフを見た皇帝は、一目見て、その人品を見抜き、「命を無駄にするな」と挑戦を辞めるよう、心情を吐露しながら、懸命に説得しますが、カラフは「どうしても挑戦したい」と皇帝に訴えます。皇帝はカラフの熱情に望みを託し、挑戦を許します。
トゥーランドットはカラフを見た途端、失った情感が芽生え、明晰な頭脳に狂いが生じて「3つの謎の挑戦」に敗れてしまいます。皇帝を始め、国民は「これで姫君は愛の歓喜に包まれて幸せになられ、中国は暗黒から平和な国になる」と大喜びなのですが、純真な乙女に戻った姫君は、破れた恥辱に打ちひしがれ、皇帝に「奴隷のようになるのは嫌だ」と駄々をこねますが、皇帝は許しません。
カラフは姫への真実の愛を知らせるため、「朝までに私の名前が分ったら姫の勝ちだ、わたしの命は姫のもの」と、夜が明けたら姫に名前を知らせる事を心に誓い、再度命を懸けます。勝ちを譲って姫の名誉を守り、男の真心を分らせる、まさにカラフの「男命の純情」なのです。
皇帝はカラフの真心と崇高な人物を見ぬき「明日お前がわしの息子になることを願っている」とカラフにエールを送りますが、カラフの真心が分らないトゥーランドット姫は、カラフの挑戦に目が輝き、もとの情感を持たない復讐の天女に戻ってしまい、役人達に死を命じながら、一晩中、カラフの名前を知るものを探させます。
国破れ、流浪のはてに盲目となったカラフの父のタタール王を助ける奴隷娘リュウは、お城で、自分に微笑んでくれたやさしい王子カラフに、かなわぬ恋心を抱いています。親子は、北京で、偶然の再会を喜びますが、その現場を見られており、役人達はタタール王を捕え、カラフの名前を云えと迫ります。リュウは、王とカラフを助けるため、「私だけがその人の名前を知っている」と、名乗り出ます。リュウの真心が分からないカラフは、怒りを込めて、「そのものは私の名前を知らない」と、叫びます。リュウは、「私が死んだらあの方の名前を知るものは誰もいません。私は、死ぬことで、愛する人に私の愛を差しあげることができ、姫君はあの方の愛をお受けになられます」と言って、役人から刀を奪い、自らの胸に突き刺して自害します。女性の愛する人への死を懸けた壮絶な純情を見るようです。
もうカラフの名前を知るものは誰もいません。敗北を知ったトゥーランドット姫は屈辱を味わう不名誉を嘆き、カラフに「あなたを見た時、忘れていた情感が芽生えました。どうか、あなたの秘密と一緒にこのままこの地を去ってください。」と哀願します。カラフは「私に秘密は無い、名前はタタールの王子のカラフ」と姫に告げます。
「名前が分った」と姫の瞳が輝きます。「あなたの勝ちです。私はあなたの思うが儘です」と、勝ちを譲ることで姫君の愛が得られると確信するカラフですが、不安です。
夜が明け審判の時が来ました。名誉が戻った姫は皇帝に「この方の名前がわかりました」と告げ、皇帝は一瞬悲しそうな顔をします。
姫は晴れ晴れしく、自信に満ちて、「この人の名前は、アムール(愛)です。」と、皇帝に告げます。皇帝は喜び、カラフを玉座に招くと、人々の歓喜の叫びがまいあがり、「歓喜の合唱」の中、感動のグランドオペラ「トゥーランドット」の幕が下ります。
私のようなクラシック音痴が、オペラの虜になってしまったトゥーランドット姫の魅力、カラフの命がけの純情、豊かな音楽と演出、ストーリーの面白さ、壮大な舞台装置と舞台回しなど高い芸術性を感じる大スペクタクルオペラです。ビデオを何回見ても、泣きながら見ています。
戦闘を鼓舞するかのように、城壁には旗を林立させ、頭脳明晰で純真でこの世と思われぬ美しき乙女トゥーランドット姫が、国を守るために復讐を誓う「この宮殿の中で」や、群集や家臣までもがカラフを応援する中を、強烈なソプラノで立ち向う16歳(私の勝手な想像)の絶世の美女トゥーランドット姫が歌う「よいか異邦人」が耳から離れません。又、首切り役人の合唱場面、大きな満月の場面、子供の僧達が姫を慕い合唱する場面、リューの哀願、カラフの身勝手な頼み、ピン、パン、ポンや皇帝の説得、首切り役人役のダンサーの踊り、カラフの姫を思うアリア、リューのカラフへの愛のアリアと自決、ティムール王の嘆き、カラフが姫に名前を告げて再度命を懸ける場面、歓喜の合唱のフィナーレ等極めて印象的です。

「トゥーランドット」は、プッチーニが集大成を期した最初のグランドオペラですが、不孝にして、未完のままこの世を去りました。弟子のアルファーノが完成させたそうです。

トスカニーニはトゥーランドット初演のスカラ座で指揮を執り、リューの死亡のくだりで、「マエストロはここで筆を絶った」といって、指揮棒を置き、席を立ったというエピソードを読んだことがあります。多分、プッチーニの無念さに耐えられず、指揮を執ることができなくなったのだと思います。

アレーナ・ディ・ヴェローナのビデオを見てすっかりオペラに魅せられてから、しばらくして憧れのヴェローナ歌劇団の「トゥーランドット」が代々木の体育館で公演されました。うれしくて、夢中になって観劇しました。リュウの死亡のくだりで1分間くらいオペラが中断しました。そのとき誇らしげな微笑で退席した60代の男性がいました。「当時最高の指揮であったトスカニーニはプッチーニの作曲でない部分は指揮が出来ないと、ムッソリーニを尻目に席を立った」というエピソードがあると紹介した記事を思い出し、トスカニーニの真似をしたと思いました。もしこの男性が退席したことについて、このトスカニーニのエピソード紹介記事に習い、「ここから先は聞くに耐えない」と自慢げに話したとしたら、知ったかぶりをするだけの、オペラの本質を理解しない方だと思いました。オペラはラストシーンが最大の見せ場です。観客は、このクライマックスでオペラのすばらしい感動が最高潮に達し、スタンドオベーションしてアーチスト達をたたえます。また、そうすることが観客の礼儀であります。トゥーランドットのラストシーンは、イタリアオペラには珍しい、ハッピーエンドで終幕する感動的なもので、何とも気分が晴れ晴れとします。「トゥーランドット」の幕が降りたとき感激のあまり興奮状態でスタンドオベーションしているメトロポリタンの超一流の観客たちをビデオで見ました。「弟子の作った終幕など聞くに耐えない」と退席するなどもってのほかです。この歌劇のもっとも有名なアリア「氷のような姫君の心も」はプッチーニの最後のアリアですが未完でした。それをアルファーノが補曲して完成させたそうです。トゥーランドットに魅せられたやつがれにとっては、すばらしいフィナーレを完成させてくれたアルファーノに大感謝なのです。

 

2001年6月30日浅利慶太氏演出ミラノ・スカラ座「トゥーランドット」観劇記へ

 
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